人間関係でイヤな結末を繰り返すのはなぜ?|交流分析「ゲーム分析」とは

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「またこんな終わり方になってしまった。」
ケンカになった。
我慢して終わった。
自分ばかり損した気がした。

なぜか最後はいつもイヤな気持ちが残る。

そんな経験はありませんか?

この記事では、人間関係でイヤな結末を繰り返してしまうのはなぜなのか、交流分析の「ゲーム分析」から見ていきます。読むことで、あのイヤなやりとりを違った角度で見ることができるようになるかもしれません。


私はヨガ講師として活動する中で、身体だけでなく心の仕組みを知ることの大切さを感じ、心理学を学んできました。現在は、身体アプローチを提唱する日本ヨガ心理学協会で学びを続けています。


私たちは日々、さまざまなストレスを抱えています。その大きな要因の一つが、人間関係です。
うまくいかないコミュニケーションが続けば、心の負担が積み重なり、身体のこわばりや睡眠の乱れなど、心身の不調につながることもあります。
こうした心と身体の関係は、心理学だけでなく、さまざまな分野で扱われています。
だからこそ私は、ヨガを伝える中でも、人の心の仕組みやコミュニケーションについて学ぶことを大切にしています。

実は以前の私は、人とのコミュニケーションがとても苦手でした。その頃は、身体の調子もすぐれませんでした。

■やりとり分析とゲーム分析の違い

やりとり分析
「この言葉に、私はどうして反応したのか」という、一つひとつのやりとりを見ていく。
ゲーム分析
無意識に繰り返されるコミュニケーションのパターンと、その結末を見ていく。

一回の会話だけを見れば、ただの言い合いや行き違いに見えることもありますが、何度も同じようにこじれるなら、そこには「いつもの流れ」があるのかもしれません。

交流分析では、こうした繰り返されるやりとりを「ゲーム」と呼び、それを分析する方法を「ゲーム分析」といいます。

■なぜ「ゲーム」と呼ぶの?


「ゲーム」といっても、楽しいものではありません。
ゲーム分析では、人とのやり取りの中に「仕掛け」と「勝者」がいると考えられています。
ただし、ここでいう「勝者」は、スポーツやボードゲームのように、勝って気分よく終わる人ではありません。

ゲームの中では、相手を困らせたり、自分を「かわいそうな側」に置いたりすることで、無意識に何らかの心理的な「得」を得ていることがあります。
けれど、ゲームの最後には、勝った側にもイヤな感情が残ります。


特徴
・始まりから終わりまで、似たような流れを繰り返す。
・本人たちに悪気はなく、無意識のうちに仕掛けたり、そこにハマったりしている。
・言葉の表面的な意味とは別に、隠れたメッセージがやりとりされている。
・最後には、二人とも望んでいたわけではない「イヤな結末」にたどり着く。

■こんなやりとりありませんか?


ここでは、日常でよく遭遇する事例をいくつか紹介します。

【はい、でも…(Yes, but…)】

  • Aさん:「うちの旦那、家事全然やってくれなくて本当にイライラする!」
  • Bさん:「それはイヤだね。やってほしいって言ってる?」
  • Aさん:「言ってないよ。言ったところであの人家のこと全然できないから言っても無駄。」
  • Bさん:「それは大変じゃん。何かできることやってもらった方がいいよー。」
  • Aさん:「うーん。でも、後で私がやり直さなきゃいけなくなると思うんだよねー。」
  • Bさん:「じゃあさ、ゴミ出しとか洗濯もの畳むのとか、簡単なやつから頼んでみたら?」
  • Aさん:「うーん。でもさー、説明するのも面倒だし。自分でやった方が早いんだよね。」
  • Bさん:「そっか…」
  • Aさん:「うん。だから結局、私がやるしかないんだよね。」

【義足(木足/Wooden Leg)】

  • 先輩:「明日のミーティング、〇〇ちゃんが進捗の発表担当だったよね? 資料の準備できてる?」
  • 後輩:「あの…先輩、明日の発表、代わりにやってもらえませんか…?」
  • 先輩:「えっ、なんで? 自分のやった業務の報告だから、5分くらい喋るだけでいいんだよ?」
  • 後輩:「私、人前で喋るとあがり症で声震えちゃうんです。絶対途中で頭真っ白になります!」
  • 先輩:「慣れだから大丈夫だよ。最初はみんな緊張するし、失敗しても誰も責めないよ」
  • 後輩:「ううん! 私がテンパって場の雰囲気壊したら、先輩たちの顔に泥塗っちゃいます! 私には荷が重すぎます…!」
  • 先輩:「……じゃあ最初の挨拶だけならできる?報告部分は私が代わるよ」
  • 後輩:「ありがとうございます……でも、やっぱり私には無理です。」
  • 先輩:「……」

【世話好き(見つけたら助けろ)】

  • Aさん:「ねえ、その作業さ、もっとこうやった方が早く終わるよ?」
  • Bさん:「あ、大丈夫です。私このやり方で慣れてるので」
  • Aさん:「え〜でも、それだと無駄が多いって。ほら、貸してごらん?」
  • Bさん:「いえ、本当に大丈夫です!自分でやるので」
  • Aさん:「遠慮しなくていいから。貸して。(強引にやり始める)」
  • Bさん:「……(大丈夫って言ってるのに)」
  • Aさん:「ほら、終わったよ。楽になったでしょ。」
  • Bさん:「…ありがとうございます(頼んでもないのに勝手にやって、なんで私が『お礼』言わなきゃいけないの……?)」


■こんなゲームもあります


このほかにも、さまざまなゲームが知られています。
「どうせ私なんて」と自分を低く置き、相手から否定や責める言葉を引き出してしまう「キック・ミー」。
相手の間違いや欠点を探し続け、最後にはお互いにイヤな後味を残してしまう「鬼ごっこ」。

どのゲームも、望んでいたわけではないのに、最後にはイヤな気持ちが残ります。

■私もゲームに参加していた

 「こんなやりとりをする人、いるなぁ。」
 ゲーム分析を知ったとき、まず思ったことです。
そして、もう一つ、気づきました。
私自身も、「ゲーム」をやっていたことがあったのです。

「はい、でも」
「義足」…

そのときの私は、相手を困らせようなんて思っていませんでした。ただ、「わかってほしい」と思っていた。でも、それを自分でもうまく言葉にできていなかった。

だから、相手の言葉に、
「でも……」
「それは無理」
と返してしまっていた。

その結果、
「やっぱり自分の気持ちは誰にもわかってもらえない」
と感じていたんだと思います。  

相手も、どうしたらいいのかわからなかったのかもしれません。

そう考えると、同じ出来事でも違って見えてきました。

■なぜイヤなのにゲームをしてしまうのか?


ここまで読んで、「こんなやりとり、もうやめればいいのに」と思った方もいるかもしれませんね。
でも、このゲームのやっかいなところは、本人たちもイヤな結末を望んでいるわけではないのに、なぜか同じやりとりを繰り返してしまうことなんです。

その背景には、人とのやりとりを通して何らかのストロークを得ていることがあるからです。
ストロークとは、言葉やしぐさなどを通して、相手の存在を認めたり認めてもらったりする、人と人の間の刺激や関わりのことです。

例えば、
「おはよう」と声をかける。
話を聞いてもらう。
「ありがとう」と言われる。
励ましてもらう。

こうした日常の何気ないやりとりも、ストロークの一つです。


ゲームの中で得ているものは、必ずしも「認めてもらいたい」ということだけではありません。
「心配してもらいたい」「必要とされたい」「わかってもらいたい」など、人によってさまざまです。
そのため、たとえイヤなやりとりであっても、何らかのストロークを求めて、無意識に繰り返してしまうことがあります。

頭では「こんなのイヤだ」と思っていても、です。

■ゲームから降りるには

ゲームから抜け出すには、自分がどんなパターンにハマっているかに気づき、そこから降りることです。

  • 「いつもの結末に向かっている」と気づいたときに、その続きを選ばないこと
  • 交流分析でいう「大人の自我(A)」から、対応してみること

実際には、「気づけばすぐに変えられる」というほど簡単なものではありません。
こうしたやりとりには、これまでの経験や人との関わりの中で身につけてきた心の反応のしかたが影響していることがあります。特に、幼い頃の人との関わりは、その後の人間関係にも影響すると考えられています。

だからこそ、ゲームから降りることは、単にコミュニケーションのテクニックを覚えることだけでは難しいのです。

自分はなぜ、こんなときにこう反応するのか。
自分の中で何が起きているのか。
自分の心の仕組みを知ることが必要になってきます。

■まとめ

人間関係で、なぜかいつも同じようなイヤな結末になる。
そんなとき、相手の言動だけを見ていると、
「どうしてこの人はいつもこうなんだろう」
「私ばかりイヤな思いをする」
と、相手を責めたくなることもあるかもしれません。
私はそうでした。

「相性の合わない人からは離れればいい」
そう考えることもできます。もちろん、それも一つの選択です。

でも、家族や職場、友人など、離れたくても簡単には離れられない人間関係もあります。

相手を変えることもできません。
だから、自分の中で何が起きているのかを知ることができれば、その後の選択が変わるかもしれません。その積み重ねが、人間関係や、身体と心にも、少しずつ良い変化をもたらしていくのではないでしょうか。
そのためには、まず、自分がそのとき何を感じていたのかを自覚することも大切です。
すべては気づくこと。それが、自分を理解する一歩になるのだと思います。

そして、その一歩が、人生を大きく変えることになるかもしれません。

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