「嫌われるのが怖くて何も言えないあなたへ/自分の発言が誰かを傷つけてしまうのではないかとおそっれている理由

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「こんなことを言ったら誰かを傷つけるかもしれない」
「嫌な思いをさせるかもしれない」
そんな不安を感じたことはありませんか。

そう感じてしまうあなたは、それだけ人の痛みを知っているからこそ、言葉に慎重になるのかもしれません。ですが、その優しさが行き過ぎると人と関わることそのものが怖くなってしまうことがあります。

この文章は、誰かを傷つけることを恐れて人との関わりを避けているあなたに、その恐れの奥にあるものと、人との関わりが少し楽になる考え方を書いています。

私は現在、茨城県小美玉市でヨガインストラクターとして活動しながら、身体アプローチの心理学を掲げる日本ヨガ心理学協会で学び続けるヨガ心理学講師でもあります。
実は以前の私もそうでした。

「こう言えば失礼じゃないかな」
「嫌な気持ちにさせないかな」
そんなことばかり考えていました。
そしてそれがしんどくてなって、人と関わることを避けていたこともあります。

■人を傷つけるのが怖くて何も言えなかった

人は誰も好んで他人を傷つけようとは思っていません。
だからこそ、
・言葉を選ぶ
・空気を読む
・相手に配慮する
それらを心がけているのだと思います。それはとても大切なことです。

ですが、気遣いが過ぎて疲れたら、人と会うことを避けてしまいたくなりますよね。関わらない方が楽だと思う方もおられるかもしれません。

実は私も、ヨガ心理学を学ぶまでは、人と深く関わらない方が楽だと思っていた時期がありました。

例えば、偶然まったく関係のない人たちの会話が聞こえてきて、
「あの人、自慢話ばっかりだよね」
という言葉を耳にすると、

「この前、旅行の話をママ友にしたけれど、自慢話だと思われたかもしれない」

「もしかしたら、私も陰であんなふうに言われているのかもしれない」

そんなふうに、自分とは関係のない会話でも不安になってしまうことがありました。


そんなことが何度も続くうちに、「自分の言葉も誰かを傷つけているのかもしれない」と考えるようになり、人と深く関わることが恐くなっていきました。


人と会っても、世間話をする程度になっていました。いつも気を張っていたので、とても疲れていましたし、イライラすることも増えていました。

そして、無邪気に発言する人や、思ったことをそのまま言う人を見ると、
「もっと相手の気持ち考えなよ」
「あの言い方は配慮に欠けている」
人の言葉に敏感に反応し、心の中で誰かを批判することも増えていました。

■本当に怖かったのは「自分が傷つくこと」だった

でも今振り返ると、人を傷つけることを恐れていたというより、その裏側で、自分が傷つくことを恐れていたのかもしれないです。


ここに気づき、認めるまでにはずいぶんと時間がかかりました。
「人を傷つけたくない」と思っていた。
けれど本当は、「自分が傷つきたくない」と思っていたのです。

実は、アドラー心理学でも、人と関わるのが怖いのは、自分が傷つきたくないから先に距離を置いているのだと言われています。
ですが、初めてその考えを知ったときの私は、素直に受け入れることができませんでした。

「違う。私は人を傷つけたくないだけだ」
そう思ったのです。

けれど、自分自身と向き合っていく中で、少しずつ見えてきたものがありました。
嫌われたくない。
誤解されたくない。
否定されたくない。
そんな思いが、確かに私の中にもあったのです。

そうは言っても、自分の発言が誰かを傷つけてしまうのは怖いですよね。
でも、ここでもう一つお伝えしたいのが、
傷つくかどうかは普段から本人が自分のことをどう見ているかにもよる、ということです。
これについても思い出した出来事がありました。

■「優しいよね」と言われて傷ついた話

あるとき、周りの状況を見て、本当は忙しくて大変だったけれど、「私が引き受ければ丸く収まるから」と、ある役目を引き受けたことがありました。そのとき、周囲から
「なおさんは優しいよね」と言われました。


「優しい」と言われれば、普通はうれしい言葉のはずです。それなのにそのときの私は、褒められたはずなのに心が重くなりました。

うまく説明できないけれど、少し寂しくて、少し悲しかったのを覚えています。
本当は断りたかった。「私だって大変だよ」と言いたかった。
でも、そんなことを言えずに飲み込んでいました。

だから「優しいよね」と言われたとき、
嬉しいというよりも、
「私なら引き受けると思われているんだな」
そんな複雑な気持ちになったのです。
今振り返ると、その言葉に反応したのは、断れない自分をどこかで情けなく思っていたからだったのかもしれません。

だから私は、
「優しいと言われた」
ではなく、
「都合よく引き受ける人だと思われている」
と受け取ってしまったのです。

この出来事を思い出したとき初めて、傷つくのは、相手が何を言ったかだけではなく、自分が普段どんなふうに自分を見ているのかも関係しているのかもしれない。そんなふうに考えるようになったのです。

■人は同じ言葉でも違うように受け取る

もちろん、すべての傷つきがこれで説明できるわけではありません。
ですが、人は同じ言葉でも違うように受け取ります。

なぜ同じ言葉でも傷つく人と傷つかない人がいるのか

それは、言葉を受け取る側にも、その人なりの経験や価値観、そして気にしていることがあるからです。だからこそ、どれだけ言葉を選んでも、誰も傷つけない完璧な言葉を見つけることは難しいのかもしれません。
つまり、あなたの発言で誰かが傷つくかどうかを、すべてコントロールすることはできないのです。

アドラー心理学では、このような「自分をどう見ているか」のことを自己概念と呼ぶのだそうです。

■まとめ

私は長い間、自分の発言で誰かを傷つけてしまうことを恐れていました。
ですが振り返ってみると、本当に怖かったのは、人を傷つけることではなく、自分が傷つくことだったのかもしれません。

嫌われたくない。
否定されたくない。
誤解されたくない。

そんな気持ちが強かったからこそ、私は言葉を選び、人との関わりを避けるようになっていました。
けれど学ぶ中で気づいたのです。
人を傷つけない完璧な言葉は存在しないこと。

そして、人が傷つくかどうかは、その人自身の経験や価値観、自分をどう見ているかも関係していることを。
自分には価値がないと感じてしまう方へ


だから今は、
「傷つけないこと」
よりも、
「誠実に関わること」
を大切にしています。

もし傷つけてしまったら反省し学べばいい。
もし傷ついたら、自分の心を見つめてみればいい。
そう考えられるようになってから、人との関わりは以前ほど怖いものではなくなりました。


相手が傷つくかもしれないという不安は、これからも完全にはなくならないかもしれません。
それでも、自分の気持ちを伝えたり、人と関わったりすることで人として成長していけると思っています。


コミュニケーションに不安があるなら、心のことを学ぶことをお勧めします。時間はかかりますが、身に着けることで見える世界は変わってきます。

一緒に学びませんか。


”心が整う”について ~ヨガと心理学~

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